江戸時代における成田不動信仰の形成と広がり展

最終更新日
展示期間

10月から04月

展示場所

本館2階

成田山新勝寺は、千葉県成田市に位置する新義真言宗智山派の大本山です。天慶二(939)年、朱雀天皇の勅願により、寛朝が弘法大師開眼の本尊不動明王像を下総国の公津ケ原(現在の成田市並木町)に移し、平将門の乱の平定を祈ったことを契機に、天慶三(940)年に開山したと伝えられています。
現在、成田山新勝寺には年間約1000万人の参詣者が訪れますが、このように広く人気を博すようになったのは、江戸時代中期以降のことです。成田山は、開帳という宗教的行事を活用することで、急速に信仰を広げていきました。
開帳とは、秘仏の帳を開いて庶民との結縁を図る宗教的行事です。成田山は、特に江戸に赴いて行う「出開帳」を頻繁に実施し、より多くの人々に信仰を広めるとともに、成田山の知名度を高めていきました。
本展示では、成田不動信仰が庶民の間に広がっていった過程に注目し、開帳を支えたさまざまな協力体制や、成田不動にまつわるエピソードをご紹介します。

展示ポスター